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東京地方裁判所 平成5年(ワ)18717号 判決

原告 濱中幸政

右訴訟代理人弁護士 田中昭人

被告 中央信用金庫

右代表者代表理事 小林昌

右訴訟代理人弁護士 大辻正寛

主文

一  被告は原告に対し、原告と被告との間の平成二年一二月一七日付根抵当権設定契約証書第一一条に基づく連帯保証債務の存在しないことを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の建物についてされている東京法務局大森出張所平成二年一二月二一日受付第六二八九四号の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告は原告に対し、原告と被告との間の平成二年一二月一七日付根抵当権設定契約証書第一一条に基づく連帯保証債務の存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  被告は、平成二年一二月二一日、本件建物について東京法務局大森出張所平成二年一二月二一日受付第六二八九四号の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記」という。)を経由した。

二  争点

1  原告と被告との間に、平成二年一二月一七日付根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)及び同契約証書第一一条に基づく連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)が締結されたか。

また、原告は、今井保夫(以下「今井」という。)に本件根抵当権設定契約及び本件連帯保証契約に係る代理権を授与したか。

2  原告は、本件根抵当権設定契約及び本件連帯保証契約につき、表見代理による責任を負担するか。

(一) 被告の主張

(1) 原告は、平成二年一二月四日、被告の担当者に対して、「担保提供の話は聞いており承知している。書類は今井に任せてある。」と述べ、今井に本件根抵当権設定契約及び本件連帯保証契約に係る代理権を授与した旨を表示した。

(2) 今井は、平成二年一二月一七日、原告のためにすることを示して、本件根抵当権設定契約及び本件連帯保証契約を締結した。

(3) 被告には、今井に本件根抵当権設定契約及び本件連帯保証契約に係る代理権があると信ずべき正当な理由がある。

(二) 原告の主張

被告は、平成二年一二月四日、原告の担保提供の意思確認を行っていない。また、仮に意思確認を行ったとしても、担保提供について今井から話を聞いていることを確認しただけで、その担保の内容について原告がどのような認識を有しているのかを確認していない。さらに、連帯保証の点については、何らの説明も確認もしていない。

そこで、仮に代理権が表示されたとしても、その表示された代理権が存在しないことを被告が知らなかったことについて過失があり、また、代理権があると信ずべき正当な理由もない。

第三争点についての判断

一  証拠(≪証拠省略≫、証人渡辺議一、同小川浩二、調査嘱託の結果)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

1  被告は、かねてから、株式会社裳美会今井勤商店(以下「裳美会」という。)に対して資金を貸し付けていたところ、平成二年九月ころから、裳美会に対する貸付額が増加したため、被告の担当者である渡辺議一(以下「渡辺」という。)は裳美会の代表者である今井に対し、不動産担保を差し入れるように求めてきたこと、同年一〇月ころ、今井から、親戚である原告の所有する本件建物を担保に入れるとの申出があったこと、

2  渡辺は、今井に対し原告に予め連絡するよう要請した上で、平成二年一二月四日、本件建物の調査のために、被告の融資部調査課長である渡辺計利とともに原告方を訪れ、原告と面談したこと、その際、原告は被告の担当者に対して、担保提供の件で被告の担当者が訪問することを今井から聞いていること、担保提供の件は全て今井に任せてある旨を述べたこと、そこで、被告の担当者は、担保提供の意思確認ができたものとして、原告の承諾の下に、担保権の設定のために本件建物及びその敷地の調査を行ったこと、

3  渡辺は、平成二年一二月一七日、今井に対して、本件根抵当権の設定に必要な根抵当権設定契約証書等の用紙を交付し、同月一九日ころ、今井から、必要書類が整った旨の連絡を受け、渡辺が今井から、根抵当権設定者兼連帯保証人欄に原告の氏名が記載され、原告の実印が押捺された本件に係る根抵当権設定契約証書、平成二年一一月七日付の原告の印鑑登録証明書、本件建物の登記済権利証、原告の氏名が記載され、原告の実印が押捺された担保提供及び連帯保証の承諾書、登記申請の委任状等の交付を受けたこと、

4  本件建物は、平成二年八月一四日に新築され、同月二七日、原告名義で所有権保存登記がされたこと、本件建物には、同日、債務者を原告として極度額金一億四〇〇〇万円の株式会社愛媛銀行のための順位一番の根抵当権設定登記が、同年九月二五日、債務者を株式会社豊友として極度額金三〇〇〇万円の株式会社愛媛銀行のための順位二番の根抵当権設定登記が、さらに、同年一二月二一日、債務者を裳美会として極度額金一億五〇〇〇万円とする被告のための順位三番の本件根抵当権設定登記がそれぞれ経由されたこと、原告は、本件建物の建築やその管理等を今井に任せており、本件建物の建築についての資金繰りや建築請負契約の内容等も把握しておらず、本件建物の所有権保存登記手続も今井が行っており、登記済権利証も今井が所持していたこと、本件根抵当権設定登記に優先する各根抵当権設定登記手続も今井が行ったもので、原告としてはその各登記手続のされた経緯も十分に把握していないこと、本件に係る根抵当権設定契約証書、担保提供及び連帯保証の承諾書等の原告の記名は、今井ないし裳美会の職員が今井の指示で記載したものであり、右各書面に押捺された原告の実印の印影は、原告ないし原告の娘婿である小川浩二(以下「小川」という。)が今井の求めに応じて今井に交付した原告の実印を、今井ないしその指示を受けた裳美会の職員が押捺したものであること、また、前記の原告の印鑑登録証明書は、原告ないし小川が今井の求めに応じて、その使途を十分に確認しないまま今井に交付したものであること

以上のとおり認められ、証人小川浩二の証言中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、原告は、証人渡辺議一の平成二年一二月四日に原告方で原告の意思確認をしたとの証言部分について、同証人は、本件建物の敷地の地主である宗教法人蓮光院の代表役員と面談していないにもかかわらず、被告の社内の決裁文書には、面談した旨記載しているなどのことから、同証人の右証言部分は信用できないと主張するが、同証人の右証言部分は、原告との面談経過を具体的に述べたものであり、また、他の証拠に照らしても矛盾等はみられず、信用するに足りるものというべきである。

二(争点1について)

1  右の認定事実によれば、原告は、本件に係る根抵当権設定契約証書等に署名、押印しておらず、原告と被告との間に直接、本件根抵当権設定契約あるいは連帯保証契約が締結されたものということはできない。

2  また、本件建物は原告の所有名義とされているものの、原告は本件建物の建築やその管理等を今井に任せており、本件建物の所有権保存登記手続も今井が行い、登記済権利証も今井が所持していたこと、本件根抵当権設定登記に優先する各根抵当権設定登記手続も今井が行ったもので、原告はその各登記手続のされた経緯も十分に把握していないこと、原告が被告の担当者の意思確認に対して、本件建物の担保の設定については全て今井に任せてある旨述べたとの右の認定事実からすれば、原告が今井に対し、本件根抵当権設定登記手続についても包括的に委任していたのではないかとの疑いは残るところであるが、他方、本件全証拠によるも、原告ないし小川が、今井に原告の実印や印鑑登録証明書を交付した経緯は必ずしも明らかでなく、根抵当権設定契約や連帯保証契約という取引に関して今井にこれらを交付したものとも認めるに足りないことからすれば、結局のところ、原告が今井に本件根抵当権設定契約ないし本件連帯保証契約を締結する代理権を授与したものと認めるには足りないものというべきである。

三(争点2のうち、本件根抵当権設定契約について)

1  右の認定事実によれば、平成二年一二月四日、原告は被告の担当者の意思確認に対して、本件建物の担保設定の件は全て今井に任せてある旨を述べたのであるから、これをもって原告は被告に対し、今井に本件建物の根抵当権設定を含む担保設定に係る代理権を授与した旨を表示したものということができる。そして、その際、被告の担当者が原告に対し、設定すべき担保権の具体的な内容を告げておらず、このため原告の表示に係る担保権の内容が具体性に欠けるとしても、右表示の効果を否定するものとはいえない。

2  次に、今井ないしその指示を受けた裳美会の職員が本件に係る根抵当権設定契約証書の根抵当権設定者兼連帯保証人欄に原告の氏名を記載するいわゆる署名代理の方法により記名し、原告の実印を押捺したものであるところ、本件建物の根抵当権設定契約については、右の表示された代理権の範囲内にあるものというべきである。

3  さらに、本件全証拠によるも、被告の担当者が、今井が本件根抵当権設定契約につき原告を代理する権限を有していないことを知っていたとか、今井ないしその指示を受けた者が無権限で原告の記名・押印をしたことを知っていたものとは認められない。

そこで、被告が表示された代理権が存在しないことを知らなかったことにつき過失があるか否か検討するに、被告の担当者が、原告方を訪れて、原告本人に本件建物の担保設定の意思確認をしており、また、今井から、原告の印鑑登録証明書の交付を受けているところ、印鑑登録証明書が日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手続として重要な機能を果たしていることからすれば、特段の事情のない限り、被告が本件根抵当権設定契約の締結が原告の意思によるものであると信じたとしても、被告に過失があるということはできず、本件の代理人である今井は主債務者である裳美会の代表取締役であることや、被告においては、原告が今井の親戚であるという以上に、原告にとって根抵当権を設定することにどのような利益があるのか明らかでなかったとの事情を考慮しても、いまだ表示された代理権が存在しないことを知らなかったことにつき過失があるものということはできない。

4  そこで、原告は、民法一〇九条の表見代理の規定により、今井が締結した本件根抵当権設定契約について責任を負担するものというべきである。

四(争点2のうち、本件連帯保証契約について)

原告と被告との間の本件連帯保証契約についてみるに、原告の前記三、1の代理権の授与表示は、本件建物の物上保証について今井に代理権を授与した旨を表示したものであって、原告の連帯保証人としての保証について今井に代理権を授与した旨を表示したものとみることはできない。

また、被告の担当者としては、右意思確認の際、原告に対し、裳美会の債務の内容を告げてこの債務を連帯保証する意思があるか否かを確認することが容易にできたにもかかわらず、これをしていないことからすれば、仮に、被告の担当者が、連帯保証契約も原告のした右表示の範囲に含まれると理解したとしても、金融機関である被告の担当者としては迂闊の誹りを免れず、被告には、今井に本件連帯保証契約についての代理権が存在しないことを知らなかったことにつき過失があり、ひいては、被告には今井に右代理権があると信ずべき正当な理由があったものということもできないというべきである。

そこで、原告は、本件連帯保証契約については表見代理による責任を負担しないものというべきである。

第四結語

よって、原告の本訴請求は、被告に対し本件連帯保証契約の無効確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 金子順一)

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